書道と習字を【ショドテビキ】
書道,歴史

書道の歴史

日本の書道の歴史は中国から漢字が伝わりはじまりました。その後書道はどのような歴史を辿ってきたのでしょうか。古代からの日本の書道の歴史を簡単にたどってみましょう。文字と書の歴史を知ることにより書道への興味がより深くなるでしょう。

漢字の伝来

日本に残る最も古い文字は弥生時代の古墳から出土された銅貨の篆書体文字「貨泉(かせん)」です。日本の書の歴史は中国からの漢字の伝来によりはじまりました。漢字は約5000年前に中国で発生したと言われます。

その後仏教が伝わり、実際に手で書いた最も古い文字は仏教を深く信仰した聖徳太子による法華義疏(ほっけぎきょう)です。遣隋使・遣唐使派遣による中国との交流で書はますます発展してゆきます。

万葉仮名の誕生

奈良時代には写経が盛んにおこなわれ、日本の書が栄えてゆきます。最古の日本の歴史書といわれる「日本書紀」が712年に完成します。漢字の意味を捨て漢字の音により日本語を表した日本独自のかな文字「万葉仮名(真仮名)」が誕生しました。

万葉仮名は万葉集にたくさん用いられた文字です。奈良時代後期には万葉仮名で書かれた「正倉院万葉仮名文書」があります。万葉仮名を簡略化した片仮名が発生し、おもに漢文の訓点をつけるのに用いられました。

三筆・三蹟の登場

平安時代初期にはすぐれた3人の書家、空海(くうかい)・橘逸勢(たちばなのはやなり)・嵯峨天皇(さがてんのう)が活躍し後世に日本三筆(さんぴつ)と呼ばれます。

さらに平安時代中期(894年)になると遣隋使が廃止され日本独自の文化(国風文化)が発達します。10世紀頃には漢字をさらに穏やかで柔らかくした書体が生まれました。中国の唐様に対し和様と言われます。和様体を創ったのは当時の官人の書家小野道風(おののみちかぜ・とうふう)と言われています。

その後に活躍した書家藤原佐理(ふじわらのすけまさ・さり)・藤原行成(ふじわらのゆきなり・こうぜい)とともに、後世に三蹟(さんせき)と呼ばれるようになります。

平仮名の誕生

平安中期は男女差別の時代であり女性は漢字を学ぶことを禁じられたため、草仮名を簡略化した別名女手と言われる平仮名が生まれ和歌が流行し、かな書道の黄金期を迎えました。

平仮名を別名女手、万葉仮名を別名男手と言います。

鎌倉時代に入って、武家・僧侶が権力を持ち戦国の世となり、書を楽しむ華やかな文化は陰を潜めました。この頃には平安時代の和様と並び、中国と日本の僧侶による「禅様」が盛んになりました。

その他にも流派として、法性寺流が流行したり、鎌倉時代の天皇より宸翰(しんかん)と呼ばれる書風が生まれましたりということもあったことに加え、漢字にかな混じりの文章が一般的になりました。南北朝時代になると和様に中国の影響を受けた宋風が盛んになります。

諸流派の誕生

室町時代になると藤原行成の流れをくむ色々な流派が生まれ、型にはまった書が多くなり、床の間に飾るなど書を鑑賞することが一般的になりました。

宸翰様の後を受け江戸時代まで日本書道の中心となった尊円法親王による「御家流」が生まれます。禅様の流れが唐様として受け継がれ盛んに書かれるようになり、全国に寺子屋が設けられおもに御家流が習われました。

江戸時代に入ると御家流が公用書体に採用され庶民にも広まりましたが、明治時代に入ると唐様が盛んになり宮中府中の文書は唐様で書かれるようになりました。1900年に入って小学校令施行規則が発足され、平仮名が「ん」を含め48字に決められました。

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